モーツァルト/歌劇『フィガロの結婚』 ~庭師は見た!~ 

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別ブログに書いた感想ですが音楽ネタでもあるので
少々加筆してコチラにもペタリ。
(このブログネタが無くて中々更新出来ないので…)

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まず最初にワタクシ、オペラリテラシー0でございますので
素人の思い込み・勘違いもあるかと思いますがご了承を。


野田秀樹氏の演出による公演という事で
野田ファンとして観に行ってきました。

結果を先に書いてしまいますと
想像を遙かに上回る素晴らしい内容でした。

そして2004年に観たオペラ「マクベス」の評価を
下方修正しなければなりません。

2004年の「マクベス」というのは
新国立劇場で上演された野田秀樹氏演出によるもの。
当時はブログを書いていなかったので感想を書き残していない。

もちろん10年以上前の公演の内容を事細かに
覚えている訳ではないのだけれど
それでも今回の『フィガロの結婚』とは
明確で大きな違いがありどうしても比較してしまう。

2004年の「マクベス」の感想は
「随所に野田秀樹氏らしい演出が盛り込まれた~」というものだった。
この感想はともするとポジティブな評価に思えるかもしれない。
実際、当時のボクの率直な感想は絶賛とは言わないまでも
好意的な感想を持っていたと思う。

ただ今改めて思うのは「随所に~」という部分。

そもそもシェークスピア劇であるマクベスは
野田演出とも、普段オペラを観ない野田ファンとも
相性が良いだろうと思っていたのだがさにあらず。

ヴェルディの手によって「歌劇」となった「マクベス」。
当たり前の事だがアリアを含めた音楽部分にはテンポがある。
そして演じるのは身体的な激しい動きを要求するのは難しいオペラ歌手。

それらの要素の取り除いてしまっては
ストレートプレイの「マクベス」になるので
オペラのオペラたり得る部分には手が入れられない。

つまりヴェルディ/歌劇「マクベス」という
既に屋台骨が組み上がっている所に
「いかに手を入れられるのか」という挑戦であったように見えた。

そしてその挑戦した結果はボクには失敗には見えなかったし
「随所に野田秀樹氏らしい演出が盛り込まれたオペラ」という感想。


しかし今回『フィガロの結婚』を観た後では
当時の観客としてのボク自身に
「オペラとはこういうものなんだろうな」という
根拠の無い既成概念があった事を痛感させられた。


本作「フィガロの結婚」は

「これは野田秀樹の演出によるオペラだ。」

と、言い切っていい内容だった。

モーツァルトによる歌劇『フィガロの結婚』は
既に組まれた屋台骨ではなく、あくまで設計図であって
組み立てそのものが野田秀樹氏によるできあがり。


何が一番違うのかといえば芝居としてオモシロイ事。


『フィガロの結婚』は喜劇ではあるものの
少なくても(いわゆる)オペラとしての公演、
特に言語の違う日本での公演ではその筋立ての
面白味を感じたとしても観客席から実際の「笑い声」が
起きる事はないのではないかと思う。(←憶測

本公演では何度も客席から笑い声が起こり
時に爆笑が起こる場面もチラホラ。

つまり演出の力で「音楽」劇としての面白さを超え
音楽「劇」へと変貌させ、芝居としての面白さを
十二分に引き出した「オペラ」になっていた。

その手法で大きく目を惹いたのは2つ。

一つは日本語による上演部分。
今回は字幕付き公演であったのだけれど
表示される字幕自体が野田秀樹氏によるもの。

セリフ・歌唱部分に関しては
舞台を黒船の時代の日本に置き換える事で自然な形で
伯爵らの外国人キャストはオリジナルのイタリア語でありながら
日本人キャストの歌唱部分は日本語に作り変えられた。

この効果は絶大でオペラを観賞するという域を超えて
芝居の流れの一部として歌詞をとらえる事ができるようになり、
物語の停滞を極力少なくする事に成功していた。

そしてセリフ・歌詞には野田秀樹流言葉遊びが折り込まれている。
理解できる言語(日本語)で思いも寄らない歌詞が飛び出てくるので
笑いが起こるという構図を作っている。


もう一つは舞台上での演出そのもの。

装置や道具の使い方はもちろんの事
演じている俳優の身体性を存分に活かした演出は
通常のNADA・MAP公演の演出思想となんら変わる事が無い。

演劇アンサンブルパートの参加という要素は大きいにしても
主要キャスト、オペラ俳優陣が身体性を駆使した演技をしていた事で
このオペラに芝居として勢いと魅力が産み出されていた。

特にフィガ郎(フィガロ)演じた大山大輔さんと
スザ女(スザンナ)演じた小林沙羅さんの演技は
群を抜いて素晴らしかった。

あえて難を言えば外国人キャストの3人は
その部分では少々ザンネンであった。

当日劇場で配布されたパンフレットによると
日本人キャストのワークショップは
過去に無いほどの回数だったそうです。

野田演出の特徴でもある俳優の身体性を活かした演出は
役者自ら動き出すという「考え方」がしめる部分が大きいので
後から合流した外国人キャスト組としては
仕方のない部分もあったのだろう。

また日本人キャストに関してはワークショップの回数はもとより
畑の違いや好き嫌いはあれど、日本で活動する舞台人であれば
野田秀樹を知らないハズがないわけで
その演出舞台に参加するのであれば存分に楽しもうという
素地があった部分も大きいのではないか。と想像する。


という事で野田秀樹演出による
モーツァルト/歌劇『フィガロの結婚』 ~庭師は見た!~は
従来のオペラの美しさに芝居本来の物語の面白さの
融合に大成功した舞台であったと思います。

その事は客席からわき上がる笑い声や
終演後に贈られた会場が割れんばかりの拍手が証明したと思う。


冒頭に書きましたがワタクシ、オペラリテラシー0です。
従来の(と、一括りにするのは間違いだと思いますが…)
オペラの楽しみ方、美しさがあるのは重々承知しております。

しかしこういうオペラがあってもいい。

そんな風に思いました。

かつて野田秀樹氏が歌舞伎座に乗り込んだ
「野田版・研ぎ辰の打たれ」を観たときに感じたのと
同じ種類の感動が今回の『フィガロの結婚』にもありました。


最後に
野田秀樹ファンとしての感想を書きましたが
野田秀樹氏を理解・信頼し演出に迎えた
指揮・総監督である井上道義氏の存在無くしては、
その演出を体現してみせてくれたオペラ俳優の方々がいなければ、
決して実現する事は無かったと舞台であると思う。


いち野田ファンとしては
野田演出のオペラをみせてくれた事に
ただただ感謝。感謝。である。


次の野田芝居は来年の「逆鱗」を観に行きます。
その感想はまた別ブログにて。


< 井上道義×野田秀樹 >
二人の鬼才が放つ、新『フィガロの結婚』。
誰も見たことのない新しいオペラの幕が開く。

全国10都市13公演で開催される、音楽界と演劇界の夢のコラボレーションオペラ。
野田秀樹がモーツァルトの名作オペラに真っ向から挑みます!

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全国共同制作プロジェクト
モーツァルト/歌劇『フィガロの結婚』 ~庭師は見た!~新演出
(全4幕・字幕付 原語&一部日本語上演)

指揮・総監督:井上道義 演出:野田秀樹

出演◇アルマヴィーヴァ伯爵:ナターレ・デ・カロリス
アルマヴィーヴァ伯爵夫人:テオドラ・ゲオルギュー
スザ女(スザンナ):小林沙羅
フィガ郎(フィガロ):大山大輔
ケルビーノ:マルテン・エンゲルチェズ
マルチェ里奈(マルチェリーナ):森山京子
バルト郎(ドン・バルトロ):森雅史(春期)、妻屋秀和(秋期)
走り男(バジリオ):牧川修一
狂っちゃ男(クルツィオ):三浦大喜
バルバ里奈(バルバリーナ):コロン・えりか
庭師アントニ男(アントニオ):廣川三憲

スタッフ◇美術:堀尾幸男(HORIO工房)
衣裳:ひびのこづえ
照明:小笠原 純
振付:下司尚実
音響:石丸耕一


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